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2012年11月08日

シゲ通信 Vol.10-1

〈福岡の切符〉
1.フルマラソン2時間42分切りということ


【市民ランナーの夢】
陸上競技経験が無く、大人になってから走り始めた趣味で走る市民ランナーとしての最高峰が福岡国際マラソンBグループだと思っています。
日本国内で数多行われるフルマラソンレースの内、オリンピックや世界陸上の代表選考レースとして開催される所謂“国際レース”とその参加標準記録は以下の通り。

東京マラソンエリートの部(2時間23分)
福岡国際マラソンAグループ(2時間27分)
びわこ毎日マラソン(2時間30分)
別府大分毎日マラソンカテゴリー1(2時間30分)
福岡国際マラソンBグループ(2時間45分⇒2年前から2時間42分)
別府大分毎日マラソンカテゴリー2(2時間50分⇒2年前から3時間)

福岡Bの次は2時間半になり、陸上競技経験の無い市民ランナーにはあまりにハードルが高いため、僕のようなおじさんランナーの究極の目標は福岡出場と3シーズン前に別大の参加標準2時間50分(当時)を切った時から考え始めていました。
ちなみに僕の知り合いランナーでもツワモノが沢山いますが、陸上競技経験が全く無く2時間半を切っている人は今のところ一人も居ません。
あと10歳若ければ挑戦したかもしれませんが、今の僕には42分が身の丈に合った丁度良い目標です。
ちなみに、2時間42分を切るためには、1kmあたり3’50”で走り通さなければなりません。
大雑把にハーフの持ち記録の目安をフルマイナス10分割る2とすれば、1時間16分。
つまり1時間15分台(3’36”/km)でハーフを走れるスピード持久力と、3'50"でフルを走り続けられる持久力の両方を兼ね備えなければならないのです。
2時間50分を切った時点でのハーフのベストは1時間18分30秒程度でしたから、まずは地力のベースアップから始める必要がありました。

【42分切りまでの道のり】
3シーズン前の勝田で初めて2時間50分を切り、そこから42分への挑戦が始まりました。
joeのようにここぞというレースで抜群の集中力を発揮して一発で目標をクリア出来ればカッコ良いのですが、僕は50分切りといい、今回の42分切りといい、スマートに一発でカットとはゆかずに苦労しました。
勝田の後、42分に挑んだレースとその記録です。

2010年勝田(2時間49分12秒) ・・・かろうじて50分切り達成。
2010年つくば(2時間45分40秒)
2011年別大(30kmDNF)
2011年つくば(2時間48分05秒)
2012年別大(2時間45分37秒)
2012年新潟(2時間41分42秒) ・・・かろうじて42分切り達成!

◆2010年つくば
まだ自分の中で42分のイメージが全く出来ておらず、45分切りが出来れば上出来かな?とか思いつつ、でももしかしたらイケちゃわないかな?とか迷いながら、42分切りのペース(3'50"/km)で走り始めました。
25km過ぎくらいから徐々に失速が始まり、それでも最後まで何とか頑張って45分台。
後半ヘタった走りの内容に不満はあったものの、ベストは更新出来たし、予想していた45分に近いタイムでゴール出来たのでそれなりの満足感がある内容でした。
直前の手賀沼ハーフでは1時間17分40秒くらいだったので、やはりまだ実力不足感は否めないのが正直なところでした。

◆2011年別大
そして初挑戦になる別府大分。
僕が初めて参加したこの年から残念ながら2時間50分の制限が外れ(折角苦労して切ったのに!)、カテゴリー2でもサブスリー、更にカテゴリー3は3時間半でも出場出来るようになり、広く門戸が開けられることになりました。
そうは言っても憧れの国際大会だし、ここでベスト更新して一気に42分カットを目論んでいました。
ところが大会直前に風邪を引いてしまい、咳が止まらない状態で現地入り。
スタートして10kmくらいまでは3'50"を刻んでいましたが、最初の折り返しを過ぎて向かい風、且つ小雨が降り始めるとペースを維持出来なくなり、更に寒さで体温が低下して動きが悪くなる悪循環でハーフを過ぎる頃にはもう取り返しがつかないくらい設定ペースから遅れてしまい、25km過ぎからはとうとう歩いてしまいました。
そして30kmで寒さにも耐えられなくなり無念のDNF。
初めての国際レースはほろ苦いデビューとなりました。

◆2011年つくば。
別大で大失敗し、一念発起して夏以降しっかり走り込みました。
震災の影響もあり、7〜9月は何と残業ゼロ!社会人になって15年ほど経ったけどこんな経験は初めて。開発という仕事柄、残業は当たり前の生活で走るのも休日がメイン、水曜のノー残業デーと金曜早めに上がれたら少し走る程度だったので、嬉しくてメニューを色々考えて組み立てました。
走り込みの成果は涼しくなり始めた10月頃に表れ始め、10月頭に実施した皇居の35km走では、そのままのペースであと7km走り通せば2時間42分を切ってしまうほどのタイムで走り切ることが出来、自分の中でかなり自信を持ってこの大会に臨みました。
ところが10月に入ってまた残業が始まると途端に練習量が低下し、調子は確実に下向き。
11月前半はまだ何とか貯金で好調に走れていたものの、つくばを走る時にはあの10月の好調さはありませんでした。
結果は30km以降でペースダウンしてしまい、集中力の欠如から途中トイレにも入ってしまい2時間48分。
折角の好調をレースまで維持出来ず、今シーズンで42分切りを決める!という目標は次の別大に先送りされる形になりました。

◆2012年別大
毎年年末年始は仕事が立て込み練習量が減ってしまう。
更に忘年会、新年会続きで疲労の極致。
年末は風邪を引いてしまい長期休暇中もまともに走れず。
年末年始の帰省では訪問する先々で美味しいおせち料理をたらふく食べてしまい体重増加。
年明けから増えた体重を落とそうとカロリー制限でダイエットをしたところ体調が悪化。
という悪循環で二週間前の千葉マリンハーフでは、歩き交じりの大撃沈となってしまい、別大DNSも本気で考え始めていました。
ところが周囲の仲間から多数の激励の言葉をいただき、体重はもう今更気にせず体調優先として食事をしっかり摂るようにしたところ調子がV字回復し(食事は重要、体重よりも体調が優先です!)、一週間前に試してみた20km走では秋を思い出させるような調子の良い走りが出来たため、42分は無理でも45分のベストは更新してみようという気になり現地入りした。
去年とは異なり、走り始めから余裕を持って3'50"が維持出来ているし、イーブンペースの集団の中で知り合いランナーも近くに居て励ましあいながら走ることが出来た。
しかしながら年末年始の走り込み不足は正直に身体に現れてきて、33km地点から減速が始まり、最後はかろうじて最低限の目標であるベスト更新を3秒だけすることが出来ました。
この時周りの福岡狙いの仲間達は次々と標準記録を突破し、自分の中で結果に納得はしていたものの、実際は悔しい気持ちと来シーズンこそは!という気持ちに溢れていました。

でも振り返ってみたら去年の別大でのDNFを除けばベスト更新出来ていないのは去年のつくばだけで一応それを除けば毎回ベスト更新出来ているんだよな〜。随分足踏みしていた気がしていたけど。

posted by 江戸一RC at 08:46| Comment(0) | シゲ通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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